[10周年]スト4思い出

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[10周年]スト4思い出

[10周年]スト4思い出
最終更新日:2018.07.20

本日2018年7月18日でアーケード稼働から10年を迎えたストリートファイター4。
今でこそ当たり前となっているプロゲーマーやEスポーツの土台となったゲームと言っても過言ではない。

そんなストリートファイター4との出会いから10年の思い出を日記にしました。
自分の人生が詰まった10年。本当にこのゲームと出会えて良かったなぁ。

出会い

2008年春~夏頃

当時働いていた会社の同僚からある日格闘ゲームを誘われる。
「俺格ゲー強いでw」と言う同僚。
最近地元のゲーセンでストリートファイター3rdをやっているらしい。

自分は中学の頃毎日のように近所のゲームセンターに行って格闘ゲームをやっていて
絶対に負けない自信があった為、二つ返事で承諾した。

すぐに仕事帰りに対戦を約束し、会社近くの西中島セガで対戦。

かなり久しぶりの格ゲーだったけどなんとか勝てた。
「よっわwwそれでいつもやってるん?w」
そう言ったおちゃらけた煽りをするのもどこか懐かしく、嬉しい感情が久しぶりに身体を満たした。

その同僚とはしばらく昼休みや会社帰りに対戦を繰り返した。
自分のメインキャラは一番弱いとされるQを選んだ。

クロダ…

2008年7月18日~スト4稼働~

当時パチンカスで給料の大半をパチスロに費やしていた為コスパの良い趣味を探していた。
同僚のおかげで格ゲーに再会し「これで時間を潰そう!」と言う曖昧な動機だった。

格ゲーを再開して少し経った頃だった
同「ホームの西中島セガに新しいストリートファイター入ったで!」
俺「マジか~ちょっとやってみよかな?」

この「ちょっと」がまさか10年続くだなんて…

2008年末頃

同僚は格ゲーを辞めていた。
1人残された自分はリュウを使っていた。
西中島セガには当時ストリートファイター4(以下スト4)の猛者も多く、勝てない日々が続いた。
昇竜拳をキャンセルしてウルトラコンボ(以下ウルコン)に繋げる「セビ滅」を見て感動した。
攻略サイトを漁り、何度も何度もゲーセンで反復練習したが出来ない。
出来る気がしない…何度も何度も負けた。どうして勝てないのか、考えても考えても分からなかった。
当時は動画も山程見た。ニコニコ動画全盛期、中野TRFなどの動画を漁りまくった。

「ヴォーーーテツサアアアアアン!!」

こんな文字も打った気がする。懐かしい記憶。

すっかりスト4にハマってしまった自分は年末年始も空いてるゲーセンを探しては行っていた。

ガイル使いに転身

2009年初め頃

この年のいつだっただろうか、難波アビオン(当時は行くのめちゃくちゃ緊張した)でガイルに処られた記憶がある。

「このキャラせこい!飛んだらアッパーで落としてくるし何も出来ひんやん!」

当時のキャラランクを調べた。フォルテ、バルログ、ガイルは弱キャラとされていた。
中でもガイルは最弱を争う程弱いとされていた。

「あの人すげぇこの弱いガイルを使って猛者を倒せたらどれだけカッコイイんやろ…」

次第にこんな考えに変わって行った、そして自分はリュウを辞めてガイル使いになった。
リュウを使っていた時の勝率は30%くらいだったと思う。
それがガイルを使う事でみるみる勝率は上がって行く。
「弱キャラ使い」と言うのが当時最高のモチベーションに繋がった。

2009年2月12日家庭用発売

家庭用のスト4が発売する。この日をどれだけ楽しみにしていた事か。
TVから何から何まで買い揃えた。これで家で思う存分スト4が出来る!!
当時はネット対戦の1戦1戦本当に緊張した
「a new warrior has entered the ring!!」
この文字が出る度、心臓がギュッと縮まった。

2009年終わりにかけて

ガイルで勝ちを重ねて行くごとに他府県から恐縮ながら
「名前を聞いた事がある」と言う声や「◯◯さんですよね?」と話しかけられる事がめちゃくちゃ増えて行った。
評価されている事が更にモチベーションを増幅させた。

フレームもセットプレーもテクニックも何一つ知らない、ただ楽しい中学時代の気持ちだけで戦って居た頃だった。
いつしかガイル使いで有名になりたい…!全国1位になるんや!

これを目標にひたすらスト4に時間を費やした。
(無理だった…w)

スーパーストリートファイター4

2010年4月28日家庭用発売

スト4の続編(バージョンアップ)スーパーストリートファイター4(以下スパ4)発売。
このバージョンでは当時最弱と言われていたガイルが大幅強化された。
最弱時から使っていた為、今までと同じ事をやっていても勝てる勝てる…!
またサガット等の強キャラが弱体化された事からガイルのランクは大きく上がった。
「これは俺の時代が来た!!!!」と思った。思った……

2010年夏 ニート時代(余談)

2010年の夏頃、仕事を辞めた。
先の同僚とは違う同僚からXBOX360(以下箱)を退職祝いとして頂いたので活動をPS3から箱へと移した。

PS3より猛者が多いと言われていた箱でPP5,500程まで上がった。ガイル最高、最強や!!
同時期、エンドレスバトル募集の為プライベートで作ったTwitter垢を
完全にゲーム用アカウントとしての利用に切り替えた。

2010年の7月だか8月に仕事を辞めてからずーーーーっとTwitterとゲームをして居たので
Twitterでは「ニートキャラ」が定着した。

お笑い好きとしては乗っかるしかないやろ!!って事もあり「ニートキャラ」完成。懐かしい。

2010年7月30日~8月1日AEロケテ

アビオンへロケテに行くとそこには家庭用で燦々と輝いていたガイルの姿はどこにも無かった。
「あれ・・・?ソニック打っても全然ゲージがたまらない」
弱体化だった。ゲージ回収率、ソニハリのダメージ、空投げ、リフトアッパー。
確かこれらが見事に調整で弱くなっている…誰や調整したん!!

輝いていないのにサングラスだけはつけたがるガイル、シェイズオブグローリー…

無印スト4よりマシなものの家庭用強キャラとしてのガイルは居なかった。
せっかくアーケードで念願のマスターになれると思ったのに…悲しい

結婚&パパに

2011年5月頃

結婚が決まり、子どもも授かり、仕事も決まった。
この時に2年半にも及ぶ自分のスト4ガチの人生は一旦お終いとなった。
一家の大黒柱としてまず家族第一優先、仕事をし、余った時間でゲームをやると決めた。

2011年5月頃~2013年10月

子どもも2人授かり、すっかりガチガチな格闘ゲーマーから離れた生活に慣れた。
ゲーセンに行く頻度は全盛期から激減したとは言え、時間を見つけては家庭用をやったり
動画を見たりして楽しんでいた。

調度この頃はストリートファイター4が一番成熟した時期で
TOPANGAを始めとした各種大会などが盛んに行われていた。

自分より後に始めたプレイヤー達がどんどん自分を追い抜いて行く姿を見て、正直めちゃくちゃ悔しかった。
ただ、子育てもしんどいながらも凄く楽しかった。日に日に成長していく我が子の姿を見るのは何よりの楽しみ。
もしこの成熟期とガチゲーマーの時期が重なり自分の人生に直撃していたら、多分今まだ結婚していない。。

ガイル使いからポイズン使いに

2013年11月~2014年2月ウル4ロケテ

ガイルは期待させられては潰され期待させられては潰されの連続で正直心が離れていった。
特にウル4ロケテ時?(記憶曖昧)には自動振り向きや弱Pからビタで繋がるウルコンも搭載されており、
久しぶりにやれる事が増えてこれは面白そうだとガイルに取り組んだ…のもつかの間だった。

2014年4月17日ウル4稼働

ロケテで出来ていた振り向きウルコンや発生フレームが変更。更に体力が50減ってウルコンダメージも減少。
「振り向きあるから、発生早いからダメージ減ったんちゃうの?!」
と思ったがそんな事は無かった。強くなった部分もあるけど弱くなった部分も多く、
このゲームにガイルは愛されていないと思った。

また他にも自分の中で特に自信があった
屈弱P>屈中P>サマソ
と言ったコンボの猶予が増え誰でも出来る仕様に。

このコンボにはガイル使いとして、職人としてとても強いこだわりがあった。
失敗すると大きなリスク、この緊張感がたまらない。

これの変更点が決定打となりガイルを捨てキャラ替えを決断した。
当時追加されたキャラはポイズン・ロレント・ヒューゴー。
ヒューゴーは無いとしてロレントを使ってみた…やっぱり弾を持っていないキャラは難しい。。。
と言う理由でポイズンを使用。
「あれ?このキャラ結構ガイルに似てない?」
ガイルで出来る事を溜め無しで出来るのが良かった。
ここからポイズン使いとしてウル4をやって行く事を決意する。

ストリートファイター5発売により引退

2016年2月18日スト5発売

発売日から一ヶ月遅れで妻に買って貰ったスト5をやった。
個人的にポイズンに近いものを感じたナッシュを選択。
(ストZERO?の時にナッシュを使っていたのもある)
これが中々強キャラで自分のプレイスタイルにもマッチし少し動かしただけで勝てる勝てる。
スト5の魅力にハマり、すっかりウル4は引退してしまった。

ただ、スト5は残念な事にゲームセンターで出来なかった。

ネット対戦はラグや切断のオンパレード、ロード時間も長くとても対戦出来る状況ではなかった。
どうしてもオフライン対戦がしたかった為、当時爆発的に増えて行ったゲームバーに足を運び対戦をした。

梅田のゲームバーで数時間対戦、やっぱりオフライン対戦は面白い…
帰り道、良く通っていた梅田のゲームセンター「モンテカルロ」に久しぶりに寄ってみた。
凄まじい熱気、人、騒音…
中学時代、熱狂したゲームセンターの風景そのものだった。

自分がやりたいゲームはスト5なんかじゃない…そう考えはじめていた。

2016年12月スト5アップデート

この年のクリスマスだかにスト5が大幅アップデートされた。
思い出されるガイルの悪夢、ナッシュは両翼をもがれたように大幅な弱体化を喰らっていた。

そもそも意欲を失っていたところにダメ押しの弱体化。スト5を続ける理由が完全になくなった。
それよりもゲームセンターに行きたい、あの夢中になったあの空間に戻りたい。

思いが爆発した。

ウル4復帰

2017年1月

スト5を辞め、ウル4に復帰した。「モンテ」に行きそれはそれはボコられた。
久しぶりのポイズンは全く動かせず、確定反撃が重いしゃがみ大キックをナッシュの癖で多用
セービングアタック?何それ?状態、ああ一撃吸収出来るんだ…
それくらい動きを忘れていた。
ただ、その日のゲームセンターは死ぬ程面白かった。
知らない人もいっぱい増えていた、しかもみんな強かった。

「もう一度、ウル4(スト4)をやりたい」
そう考えた。

この日からやり残してきた事、忘れていた事を一つ一つ取り戻す事を決意した。

2018年7月18日

ストリートファイター4、10周年。
この作品に出会えた事で、たくさんの人に出会い、たくさんの感動や興奮に出会えた。
ついこないだまで赤ちゃんだった子ども達ももう小学生と4歳。

それだけの時間が経過していた。

現在、子育てがかなり落ち着き、趣味に費やせる時間が相当増えた。
とは言え、家族第一優先の為プレイ出来る時間帯は土日の朝と限られているけど
自分なりの生活パターンが構築されてきた。

今、他のみんなが何年も前に辿ってきた道を走りながら何とか追いつこうと
せめて影が見えるくらいまで近付こうと必死にウル4やってる。

必死だけど楽しい。楽しすぎる。

トレモなんてほとんどやった事なかったけど、最近はトレモもやり色々な発見がある。
補正とかフレームとかも知らなかったけど今はかなり覚えてきた。

まだまだたくさん覚える事、やらないといけない事はある。

これから先20周年、30周年とウル4をやって行きたいなと本気で思ってる。

だからみんなもウル4続けてくれたら嬉しいな。

そしてモンテカルロ、大好きなゲームセンター。

利益度外視でウル4を導入してくれてありがとう!
ゲームセンターの思い出をありがとう。

これからもずっとずっと原人としてウル4を続けていきます。

10周年おめでとう。

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